デザイナー羊男の毎日

日常の「気づき」のおはなし。ごゆっくりどうぞ。

許せるようになる50代

私も昔に比べれば多少は丸くなったと思います。

逆に頑固になる人も多いとか。それもわかるなあ。

経験をたくさん積んでくると、背負ってきたものの重みを周りに言いたくなるのでしょうね。その点、私はそれほど重厚な人生を送ってきていないので身軽なのかもしれません。「許せる」ようになったこともいくつかありますよ。

その中でも、取るに足らない例をあげようかな。個人的にそういう軽いものが好きだから。

 

まずは何もつけずに

外食に言った時に、メニューとかに書いてある「まずは何もつけずに召し上がってください」の一文。「うるさいよなあ。好きなように食わせてくれよ」と思っていたけれど、今は許せる。いや、その通りにしますよ。ああ素材の味が美味しいですねえ。

で、次はどうすればいいんですか?ってなもんです。

 

血液型の話

飲み会の席での血液型のお話。科学的根拠云々というような野暮は最初から申しません。でもなんか工夫がないし、「だから?」という感じになってしまうのは否めない。でも今は許せる。一所懸命場を盛り上げようとしているんだね。偉いよ。まあ興味のない人もそれなりには盛り上がれますもんね。

 

住んでるところ自慢

そうですか。世田谷にお住まいなんですね。聞いてなかったけどそちらからお話されるとは。ほかにも東横線沿線とか、話題のニュータウンとか、タワーマンションとかいろんな切り口があるもんです。前は鼻についたけど、今は許します。愛着があるんですよね、住んでいるところに。私も買ったからなんとなくわかります。あまり自慢するポイントはありませんが。

 

悩ましい 

本来は性的にグッとくるような意味のこの日本語。今では「悩むなあ」という意味合いで使われることのほうが多くなりました。変わりゆく日本語を嘆いていてもしかたない。言葉は生きているんだな。

 

と、まあ些細なことを許しながら、自分もきっと許されているんですよ。

世の中、持ちつ持たれつ。